第3話 苺花
朝一番、いつものようにけたたましく電話が鳴り響く。
どんなにいい夢に浸っていようと、いきなり現実に引き戻される。電話の傍が寝床だなんて、不運だとしかいいようがない。
ったく、早く取りなさいよ。うるさいったらありゃしない。
アタシが朝弱いって知ってての嫌がらせなのかしらん?
アタシの故郷香港では、朝はここよりずっと遅い。11時、12時になってからの行動開始だなんて当たり前。だけど、ここでは午前6時前後が起床のめあすになってる。
早く起きなさいよ。アタシは絶対取らないんだから。まあ、本当は取れないんだけどさ。アタシはただの縫いぐるみ。特別な力もなければ、動くことも出来ない。出来るのは、ただひたすらベッドの上でよだれたらしてるうすらボケが起きるまで耐えることだけ。ほんと、飼い主を選べないのは、縫いぐるみという職業の致命的な欠点だと思う。アタシも、他の子たちも、ね。
幾度目かのコールで奴はようやくのっそりと起き上がった。
ああ〜ッ、トロイ!! もっとシャキシャキ歩きなさいよね。
「もしもし〜」
寝起きのせいか、ひどく掠れた声で受話器に話しかける。
「……うん。あ、今週は土曜もあるから……んー。…………えー、面倒臭い〜。………………はいはい。じゃーね。……ん。ありがと」
受話器を乱暴に下ろして、またベッドに寝転がる。
数秒後には小さな寝息が溢れだした。
ったく、わざわざ電話で起こして貰っておいて、2度寝なんていい度胸ね。あとから後悔するに決まってるのに。
いい年した娘が、家族に起こしてもらってるってどう?
情けないったらありゃしない。
――まあ、独り暮らしとはいえ、故郷と繋がっていられるのは幸せなことさね。
アタシは、帰りたくても帰れないから。
もう、生まれてから香港で過ごした時間より、この薄汚い部屋での生活の方がずっと長くなってしまった。
戻って何があるってわけでもないけれど。それでも時々思いを馳せることがある。
私の生まれた故郷のことを。
今はもう顔も覚えていない、家族のことを。